冬の巻 第三章 権中納言のその後

百五十四 吉野の姫君上京

右大将の造営された二条邸が完成したので、三月の十日余りに吉野の姫宮の上京なさることが決まったのですが、まず十日頃に右大将が吉野山の聖(ヒジリ)の宮にお逢いになり、姫宮が去った後に淋しくなるのを予想して、万事につけて豪華なものを宮に納めなさったのでございます。

二条邸の辺りでとれる特産物などを、ほとんど吉野山の宮に持参なさったのですが、宮は、「私の本意ではなく残念に思われます。娘が気がかりで今日まで憂き世を我慢して、人里に近いところに住んでおりましたが、今は心置きなく鳥の音(ネ)しか聞こえないような山奥に跡を絶えてしまうことこそ、限りない本意でございます」と思し召し、頂いた物を返そうとなさるので、姫君は、父君が山奥に移り住むのをお急ぎなるのを残念に思われて、そんな状態で京へ出れば、世慣れしていなくて人に笑われてつらい思いをするだけだと御思いになるのでございました。姫君は、今の館を変わらず住みかと考えて、館を荒らさない事を御望みになられているのでございました。

そのようにして上京する日になり、たいそう目出度い儀式で都に御渡りになったのでございます。妹君も遅れないようにと伴に上京なさったのでございますが、「私もですか、どうしたらよいのでしょう」と御不安になるのでございました。

聖の宮は、「今となっては、この館に帰ることも無意味でしょう。私も都に帰る気がないので、これが親子の対面の最後になるでしょう。今まで娘のことが気がかりで館で伴にして参りましたが、来世への仏道修行を怠ってしまいました。これから一筋に修行に専念できるので、やっと目的が叶いました」といいながらも御泣きになり、

行く末も 遙けかるべき 別れには

 逢ひ見ん事の いつとなきかな

(これから遙か遠くの別れになるので、お互いに逢い見るこ時があるでしょうか。)

と詠んで、「今日は不吉なことをいうのは慎みましょう」と涙を拭いなさるのでございました。

そうすると姫君が、

逢うことを いつとも知らぬ 別れ路は

 出づべき方も なくなく行く

(逢うことがいつになるか分からない別れは、去る者も泣く泣く行くしかしようがありません。)

と、袖を顔に押し当てて、なかなか出発が出来ないでいると、妹君が、

いづ方に 身をたぐへまし とどまるも

 出づるもともに 惜しき別れを

(どちらに身を置きましょうか。留まれば姉君と、都へ出れば父君と別れてしまい残念でなりません。)

妹宮は、必ずしも急ごうとはしませんが、姉君に少しでも一緒にいないと、都での拠り所がないので、聖の宮は、「急いで姉君と一緒に妹君も都にお渡しして、自分は思い残すことをなくして、一筋に仏道修行を励もう」と思し召し、昔からいた侍女なども置かないで年期奉公にしてしまわれたのでございました。

百五十五 二条邸の威容

右大将殿、吉野の姫君は一つ車にお乗りになっています。出車は十輌にものぼり、童(ワラベ女)、使用人などまで引きつづき、吉野山の館より出発する威容はめざましく、さるべき殿上人(テンジョウビト)、五位、六位の貴族が多くお乗りになり、侍女も縁を伝って華やいだ人が従っているのでございました。

妹君の車は少し後になり、出車三輌ばかりあり、さるべき人がお乗りになり、前駆の人があまたいて、聖の宮に長年仕えていた侍女も忍んで加わっていたのでございます。聖(ヒジリ)の宮は、長年の望みが叶い喜んで見送っておられるのでございました。

聖の宮は、名残(ナゴリ)がなくなり安心したご様子ですが、娘と別れ心細く思われても、仏道修行に専念することが出来るので、長年の望みが叶った心地がなさるのでございました。

大和の旧都に宿り、次の日に都の二条邸にお着きになったのでございます。この邸(ヤシキ)は、二町(6000坪)を築山(ツキヤマ)で囲い、前方に三軒の寝殿を建造して磨き込み、中の寝殿に右大将殿と吉野の姫君がおはいりになったのでございます。洞院に面した寝殿には、「右大臣家の四の君をお忍びで迎えよう」と考えておられるのでございました。堀川に面した寝殿には、帝の元へ出て行かれる尚侍の部屋と東宮の女一宮をお迎えするつもりでおられるのでございました。

かくのごとくお渡りなったのを、右大臣家では残念で心外であったのですが、四の君の情事が原因なので、恨みようのないご気分であったのでございました。


百五十六 四の君と尚侍の妊娠

右大将が夜通われていた四の君が、十二月に入り身重になられたのでございます。この度は権中納言の子と疑われることはないのですが、四の君は謹んで、妊娠している事を隠しておいでになっていたのでございました。

四の君が身重になったのに驚いて、右大臣家でご祈祷をお初めになったので、左大臣も御聞きになり、疑う必要もないので、お喜びになり、左大臣家でもご祈祷をなさることを申し上げて、大殿も限りなく目出度く思し召しになるのでございました。

右大将も、「権中納言とばかり縁が深い方だ」と残念に思っておられたので、このようなことになれば、四の君にたいしても、あはれに深く思われて、とかくすねがちであった四の君もご懐妊になりほっとされているのでございました。

昔の尚侍(今の右大将)と女東宮との間に出来た幼い若君も左大臣家が引き取っておられたのですが、誰も出生を知らないので、世間では噂になり、「誰が母親とも分からないのは、身分の低い女なのか」と噂されていたのでございました。

さらに、吉野の姫君に、「なんの不足もない姫君にお目出たがないのか」と、残念に思われて、「幼い若君を迎えて、預かり申し上げたら」というご意見もあったのですが、大殿も母上も片時も御離しにならず、右大将にも心安くお見せしなかったのでございました。

尚侍(ナイシノカミ)の君も、この春頃から身重になり、帝は限りない愛情をお寄せになっておられるのでございました。

帝は、多くの方々に何も申し上げず、お子様のない頃から、山々寺々でご祈祷をしていた頃に御子を授かったので、限りなく御慶びになったのでございます。

右大将殿も大殿も男宮であられたらと今より誉れある気持でおられるのでございました。

百五十七 権中納言の物思い

宮の権中納言は、あれから月日がたち、ただ女装に戻った右大将が行方不明になっただけなら、恋しくて探しだせば好いだけでございましょう。ところが、一旦は女性の姿に戻ったにも関わらず、捨てがたい身とはいえ、またもや男姿になり内裏にも出て来ているのでございます。(権中納言は右大将と尚侍が入れ替わっているのを全く知らない!)権中納言を甲斐性がないと捨ててしまわれ、幼い若君さへも見ず知らずといわんばかりに捨ててしまわれた決断を今一度訴えたいと思うのですが、世間は如何なる反応をしめすでございましょうか。今は右大将とは隔たってしまい、新しい屋敷にも近寄ることも出来ないのでございました。

内裏で右大将と会っても、権中納言には近寄らず、かつて「夫婦の契りをした仲なのか」と思えないような様子に、言い寄る甲斐もないのでございました。

文などもお渡しするのですが、普通のことには好くご返事を書かれても、肝心のことには一切お触れにならにのでございます。寂しくて茫然としてしまい、内裏に出仕して仕事をしていても、心が悲しくて昔は大変な女好きでいらしゃったのでございますが、今ではその面影もなく、真面目になり右大臣家の四の君のことも忘れてしまわれて、昔のように一途で強引な様子はすっかりなくなってしまわれたのでございました。

尚侍(ナイシノカミ)の御宿命、すばらしさを御聞きになっても、ただあきれるばかりで、「本当に見間違うほど似ていらっしゃるが、昔尚侍の部屋に忍んだにも関わらず、つれなく追い出されてしまったのだが、右大将(男装女子)のことを思えば慰められていた。あれから尚侍に如何に愚か者かと思われているだろう」と思うにつけても、尚侍が及びもつかないよう身分になり、手出しが出来なくなったのを残念に思われるのでございました。

百五十八 左衛門への文

月日がたつにつれて、女に戻った右大将が産んだ幼い若君は、次第に可愛らしく成長なさるのを見るにつけても、権中納言は、「この可愛い若君がいなければ、どうして心が慰められるだろうか」と思うのですが、「伴に語り合って幼い若君を同じ心で育てることが出来たら、どんなに素晴らしいだろう」と思うと、満たされることなくして悲しく、物思いに沈んでしまい出歩くことも出来ないのでございました。

幼い若君を夜昼傍らに離さず、遊ばし申し上げて明け暮らしていても、「思えばおかしな話だ。女は何を思ったのか我が子を捨ててしまい、まろが身を砕くように思い悩んでもいったいどうにかなるだろうか。同じ心になり、あはれに情けを酌み交わしたにも関わらず、その人は世にはばかる男姿に戻ってしまい、他人になり見捨てられて数ヶ月もたってしまった」と心底から思われて、日頃からつくづくと心を慰めることも出来ないままに、四の君の世話役の侍女左衛門にこまごまと文をお書きになったのでございます。

「普段からのご無沙汰を自ら申し上げたいので、忍んで女車の様でそちらに参りたい。それが具合いが悪ければ、ここは特定の女がおらず心安いので、こちらに来る女車を用意するので、こちらに来て頂きたい」とあるので、左衛門は、権中納言が久しく四の君と逢ってないので、「あまりに出入りが厳しいのでお忘れになったのだろう」と思っていたので久しぶりだと思うのでございました。

文を見ると、たいそう苦しそうな事をこまごまと書き添えてあるので、あはれで仕方がないのでございました。数ヶ月来のご無沙汰も、こちらもおわびしたいので、世間の噂も気になるのですが、忍んで参るように申し上げたのでございました。

権中納言は嬉しくて、目立たぬ車を遣わして待っておられたのでございます。左衛門は四の君にだけは、お忍びで「御逢いに」と申し上げて、他の侍女には自分の里に行くかのように紛らわして、参上したのでございました。

百五十九 左右衛門来訪

権大納言は久しぶりで、「何ヶ月も心が乱れ耐え難くて、出歩いたりもせず悶々として過ごして来ました。やっと内裏でも顔なじみになったにも関わらず、信じられないような心変わりで、憂うべき身の定めを知らされて、恨んでもしようがないのですが、もう一度だけでも対面して、真相を聞かないことには・・・」と、尚そのことを望む事が、後悔のない心地がするのでございますが、左衛門に向かうと、過ぎにし方が様々に思い出されてしまうのでございました。権中納言は泣くゝ心から、「今は特に忙しくしているようには聞いていないので、さるべき時には取りなして下さい」と仰ると、左衛門も余りにもあはれに思いすすり泣いて、次のように申し上げるのでございました。

「この数年来右大将様のご意志は疎かに見えることはありませんでした。大体に於いて、最も大切になさり親しく語りあっておられました。ただ今風にふれあって隙間がないような仲のようには見えませんでした。何となく女たちが語り合う仲に似ていたので、後ろめたい事ではありましたが、今のように貴男様のひたむきなまでのご様子に打たれて、ご案内する夜々もございました。

どうしたことか、この度お帰りになってからは、世間の目を避けているように、昼間を避けて忍んでお越しになり、内々のご愛情は格段にまさって深まったようにお見えでございました。特に去年の冬よりご懐妊なさったことにつけても、いっそう深い愛情がまさって来たように覚えます。左大臣様なども、二人の姫君(権中納言の子)の御懐妊の折には、さして御喜びになる様子もなく、右大将様は吉野山の宮を慕い身をお隠しになりましたが、この度はその様になさることもなく、四の君様に同情なさり、今ではこちらばかりにおいでになっているようでございます。

右大臣様も限りなくお喜び申し上げるご様子で、四の君様も今はほんの少しの事の乱れも聞きつけられるので、貴男様の関係を憂うべきことと御決意されておられますので、事の返事まではされても、貴男様を拝見したと私くしが申し上げても、全く顧慮なさいませんでしょうから、ましてお逢いすることなどは思いも寄らぬことでございましょう。

右大将様のお心も深いのですが、かつての情事を愁いておいでになり、まず第一番の方は吉野の姫君を置いておられ、その次に、長年見馴れた日々が捨てがたい四の君様となっておりますが、本来の夫婦のままでおられたら四の君様以外にどなたが並び立たれるでしょうか。貴男様の態度も今となれば残念な契りであり、過ぎにし方さへ悔しく思われるので、今はとてもとても・・・」と、若い心境の左衛門には、人に圧倒されて来た主人の運命を見るのが嘆かわしく、またそのように言うのも道理があることでもあれば、「確かに自らの御心でそう思われるのはもっともでしょうが、御心をどうしてあなたが勝手に決めてしまうのですか、こんなこととは思いもよらなかった」とばかり仰せになるのでございました。


百六十 権中納言の心まどい

権中納言の心の中では、四の君が妊娠したことについても(右大将は女性であるはずだが)、左衛門のいうことを聞きつづけるにつけても納得しがたく、「どうした事だ」と困惑してしまい、忘れかけていた女人の右大将のことが思い出されてしまうのでございました。

耐え難くなり、言葉も少なくなり、ひどく物思いに耽って来たので、「このままいると夜が更けて、人に怪しまれますよ」といって、「四の君の元にお戻りなさい」といってお帰しになったのでございます。左衛門も、「余りにも人事のようにしゃべってしまった。お辛い気持にさせたかも知れない」と、さすがに気の毒に思って四の君の元に顧みながら帰ったのでございました。

右大将殿は二条殿におられるので、左衛門は主人の四の君に密かに権中納言と話した事を申し上げると、四の君は御泣きになり、権中納言との逢瀬は深く絶えてしまったのですが、そうとはいえ、ご様子、ご容貌など何事につけてもいうことはない御方であり、相手に対して情も深くなっていたのでございました。しかし、ご懐妊された後は、右大将殿の浅からないご真情が、権中納言に劣るべくもないのは仕方がないことでございました。

恥ずかしく、怖れ多いことですが、初めは権中納言のひたむきな愛に傾いたのですが、今は人の噂、父右大臣の抱かれている内々の御喜びといい、どれを取っても右大将殿に匹敵するはずはないのでございました。

権中納言は、一つだけではなく、納得のいかないことを重ねて考えていると、一晩中涙の川に浮き沈みするようにして明かして、「何とかして右大将に近づいて、今一度お聞きして真相を知りたいものだ」と思うと、足が向かうような気持になるのでございました。

内裏などへも、右大将が必ず参ると思う日には自分も行って、さりげなく目を向けると右大将も目を交わすのでございました。右大将は真面目に相手にされるのですが、馴れ馴れしい態度は取ることはないので、権中納言はたいそう不満が積もるのでございました。

この度の尚侍(ナイシノカミ)の君のご懐妊により、右大将の君は務めて内裏に伺候(シコウ)しておられるのですが、権中納言が影のように添って従っているのも、おかしい限りでございました。

吉野の妹君の事が気になるのですが、「如何にもてなしたら」と思うのですが、「権中納言の今は逢っている恋も逢わぬ恋の嘆きも忘れて、少しも乱れる事なく真面目にになっているので、許してしまおうか。女を見ると夢中になる心がある人だが、吉野の妹君を見ては、疎かにすることは出来ないはずだ」と思うことが折々あるのですが、右大臣家の事などを思い出すと、「如何にしたらよいのか、権中納言に余り馴れ馴れしくするのも、愚かなことになるかも知れない」と思う心があり、口に出す事はなさらにのでございました。




これで冬の巻第三章を終わります。


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