冬の巻 第一章女東宮悲話

百三十二 新尚侍の出仕

尚侍(ナイシノカミ)の君、十一月の晦日(ツモゴリ)に東宮へ出仕されたのでございました。

女東宮は、長い間尚侍が出仕しなかったので、懐かしく嬉しくて、いつ来るのかとお待ちになっていたので、新尚侍にしてみれば、お側に上がっても、「どうお思いになるか」と気が気ではなく、申し上げる言葉も思い当たらないのでございました。

女東宮は、苦しそうに臥しておられるのですが、身も小さい様子なのですが、狭苦しくお腹がふくれているのを(妊娠している)拝見すると心苦しく、添い寝をして差し上げるのですが、右大臣の女君にも同じ様なことを差し上げたことを思いだし、様々なことが思い出されてあはれに思うのでございました。

女一宮は、別人とは全く思っておられないので、長い間消息がなく、寂しく思っていたことを裏表もなく仰るので、申し訳なく思い詳しいことを話そうとするのですが、恥ずべきことなので、思い巡らせて、「日頃からいかがなさっているのかと、気になっていたので参ろうと思っていたのですが、兄の右大将が行方不明になり大騒ぎをして、やっと今行けるようになり、まことに心外でございました」と申し上げたのでございますが、事実と異なることではないので、疑問に思われることもなかったのでございました。

その夜は語り合って、日頃のあったことなどをお聞き申し上げたのでございました。「文もなく、月日がたってしまい、その頼りなさといったら・・・」と仰って泣いてしまわれたのでございます。たいそうあはれで、まろも物悲しくなり泣いてしまい、親しく語りあったのでございました。女東宮のお気配、ご様子、ご愛敬、お話になることなど、年頃より勝っておいでになり、再会することで深く慰められておられるのも、たいへん可愛らしいのでございました。

百三十三 見馴れしおもかげ

女東宮と新尚侍との語らいも朝が明けようとしていました。新右大将が「そっと渡して欲しい」といわれていた文を女東宮にお渡ししたのでございました。何の心当たりもないが、女東宮が広げてご覧になると、以前の尚侍の筆跡であったのでございます。思いも寄らぬことで、女東宮がご覧になると、「あきれる程の身の転変ぶりは、かえって申し上げることが出来ないほどです。

見馴れにし その面影を 身に添えて

 あはれ月日を 過ぐしけるかな

(見馴れた女東宮様の愛しい面影を心に抱いて、あはれにも何ヶ月も、離れて過ごすことになってしまいました。)

尚侍の君がそちらに参っておられるので、何ヶ月のつらさも今は晴れていると思われます。新しい尚侍様に女一宮様の命をかけております」とあるのを、つくづくとご覧になり、尚怪しく思われるのですが、特に話すこともないので、ただ泣いておられるのでございました。

宮の宣旨(セジ女官)は、亡き母上(皇后)の乳母子(メノトコ乳母の子供)で、親しい人であるのですが、女東宮には乳母(メノト)のような人もおらず、この宣旨を母親代わりにしておられるのでございました。

その宣旨が尚侍の御几帳(ミキチョウ)もとに参って、「何ヶ月も文一つもなく、東宮様も忍びがたいご様子が見られたことが時々ございました」など申し上げて、「この数ヶ月、気がかりな事がつづき、誰に尋ね、どの様にしたらいいかも分からず、心配で、尚侍様がいらっしゃることをお待ちしておりました。私はお仕えしているようですが、お側を離れ、里に帰らなければいけない時もございましたが、尚侍様がいらっしゃってからは、お側から離れず、様子をよくご覧になって下さっています。この数ヶ月の間、東宮様のご気分が不安定で、妙に納得が出来ないことがあり、東宮様がご懐妊していることが分かったのでございます。どうしてご懐妊したかも思い当たることはございません。お腹がふくらんでおられますので、御着帯のことなどもしてさしあげました。何故ご懐妊されたのか誰も知っている人もいないので、私一人で苦しんでいました。尚侍様が早く参上して下さることを待ち望んでおりました。貴女様ならご事情のことも知っておられるのではないかと思っておりました」と泣き崩れるので、尚侍もいうべき言葉も失って、しばし黙ったまま思案をめぐらしておいでになるのでございました。


百三十四 新尚侍の弁明

そうといっても、男装していたほどの心の持ち主なので、道理を考え、最善の思案をめぐらして、「自分は東宮様のご懐妊について何も知らないというのでは、東宮様の為にならない。実際に東宮様が無事にご出産されるまで、お気持ちを察してあげなければ申し訳ない」などと決心して、自分も思わず東宮様に同情して涙をこぼしてしまうのでございました。

東宮の宣旨(セジ)に向かって、「私も変だとお見受け致しておりましたが、思い当たらぬ事情ですから、申し上げようもなく、誰とも相談しておりません。また、いくらなんでもご懐妊とは思いもしないうちに、右大将の身の上に大変な事が生じましたので、退出しましたところ、私までがひどい気鬱になり、どうにもならないであけ暮らすうちに、数ヶ月にもなってしまいました。東宮様が気がかりでしたが、手紙を書くことも出来ず、やっと体調がよくなって、早く参上しなければと思っているうちに、右大将から伝言があり、東宮様がご懐妊されているかも知れないので、早く参上して、その辺のこともお世話差し上げるようにと申して来たので、次第に事情が理解出来たのです。あなたも同じことで悩んでおられたので、私一人で悩んでいた時よりも、頼みの綱が生じたような気分でうれしくなってしまいました」と仰る気配も数ヶ月前の尚侍(ナイシノカミ)と全く異ならないのでございました。

まして宣旨(セジ)はお顔など真っ正面から見ることもなく、尚侍もつつましく御几帳(ミキチョウ)の中ばかりでかしずかれてお暮らしなので、どうして別人に思うはずもないのでございました。

全く昔の尚侍と思い込んで、「この方が同意して右大将様を東宮様に導き申し上げたのだ」と想像すると、何ヶ月も自分一人でくよくよと悩んでいた時よりも、安心感で心が落ち着く思いでございました。今は聞いて納得が出来る程度に物を仰るのも魅力であり、いよいよお話が聞きたくなる風ですばらしいと思われるのでございました。

百三十五 女東宮の不審

宣旨(セジ)が、「それにしても、いつ頃御出産になりましょうか」と申されると、新尚侍は、「十二月くらいに御予定ではないかと思うと、右大将は申していました」というと、東宮の宣旨が「それでは、今日明日という事態になっていましたのですね」と驚嘆されるのでございました。

女東宮は、じっと聞きながら横になっておられるが、あまりに呆れて納得なさらない。「今に尚侍が参上したらと思っていたのに、どうして訳の分からぬことをいう。右大将とは夢の中でも会っていないのに、どうしてこんなことをいうのか」と、さすがに右大将の事実をお聞きになっていないので、「では先ほどのお手紙は誰なのか」とくり返して不審で納得なさらいのでございました。

新尚侍を目をこらして見ると、まちがいなく尚侍だが、さすがにかつての男(ヒト)とは思えないこともある。あの男(ヒト)は、たとえようもなく優しく親しみの深い男(ヒト)であったが、この人は限りなく華やかで魅力的であるのはどういう事情かと思し召しになるのですが、「あの男(ヒト)はどうなったのか、彼が右大将なる人なのだろうか。ではこの尚侍は誰なのか」などとお考えでございました。

いつもつらく不安に思っていたので、やっと尚侍が来てくれたのに、別人かと思うと、気恥ずかしさと悲しみでいいようがなく、慰めようもないので、新尚侍は自分も泣いてお側に添い臥しておられるのでございました。

百三十六 東宮と新右大将

日暮れに紛れて新右大将が、左大臣邸に参って新尚侍(ナイシノカミ)にお会いになると、新尚侍が密かに女東宮の御様子や宣旨(セジ)の案じていることをお伝えすると、新右大将もお泣きになるのでどざいました。

宵が過ぎるころ、人々のざわめきが静まったので、紛れるようにして、新尚侍が女東宮と新右大将の御対面が出来るようにして差し上げたのでございました。

お二人とも夢のような気分で、申し上げる言葉もないほどで、新右大将は事情を詳しく申し上げることになさったのでございます。世にも不思議な兄妹(キヨウダイ)の話を、「女東宮様には隠すことなく申し上げよう」とお考えになり、新右大将が初めからの事をこまごまと打ち明けなさったのでございます。女東宮は奇妙で信じられないようなお気持ちで聞いておられたのでございました。

女東宮が、「では私のことをまたとなく離れがたいと思われなかったのですか。離れ離れにならないように・・・。妊娠してこれほどつらい状態になっているのに、そうと知りながら遠く離れた内裏に姿を現し、別人の尚侍に私を任せて、もう他人になったと思っておられるのですか」と仰るのでございました。

「それなら、別れる時にどうして正直に仰ってくれなかったのですか。お見えにならない数ヶ月心配で恋しくて、親しみやすい心の優しい男(ヒト)とばかり思っていましたのに。本当に女装のままで籠もっている御身(オンミ)ではないので、最後には男姿に戻る方とはお見受けしますが、妊娠の身を人任せにしないでお世話して下さってもよいのに・・・。たとえ様がないほど辛い状態をお見捨てになるとは思いもよりませんでした」と、男の身勝手と我が身のつらさや恥ずかしさをつくづくとお感じになられるのでございました。

新右大将は、涙ばかりがこぼれて女東宮に御返事も出来ないで、常日ごろの忙しさに御無沙汰になってしまったことを申し上げなさるのですが、女東宮は聞き入れようともなさらないのでございました。

百三十七 冬の朝の別れ

新右大将は、泣く泣くなだめ慰め申し上げて、明け行く景色なので出て行こうとするのですが、朝夕起き臥しなれたところなので立ち離れがたく、女東宮をあはれに思い申し上げて、

忍びつつ 行き通へとや 朝夕に

 馴れにし君が あたりともなく

(密かに昔の様に朝夕通へと仰るのでしょうか。朝夕に馴れていた東宮様のところではないですが、おそばの内裏にいるからご安心なさい・・・。)

女東宮は、「特に何かをしてくれといっているわけではありません。ただ今のままでいたいのです。誰も右大将様がおられてもおかしいとは思われないでしょう。後ろから見てくださる方と思って下さるでしょう」と仰せになり、

かくばかり かき絶えましや 朝夕に

 馴れしあたりと 思はましかば

(このようにお互いに離れてしまってもよいのでしょうか。朝夕に二人でいて馴れ親しんだあたりと思われるのでしたら。)

女東宮が、「今さら別れて、世間に浮き名を流してしまうのは情けないですわ」といって泣いてしまわれるのも、やかましく言って恨むより、道理にこだわって思し召すので、新右大将の身に応えるのでございました。

新右大将が、「よいよい、申し上げるのも甲斐がないようですね。このような対面はこれから難しくはないのですが、ただ朝夕起き臥して見馴れた親しい間柄で、私をよそよそしいと思われるのは残念に思います。尚侍の縁者で親身な後見役になっておりますので、これからもお仕え申し上げます」などと申し上げて、たいそう明るくなってしまっていたのですが、出ていかれたのでございました。

百三十八 その後の忍び逢い


吉野の姉君や右大臣の四の君などのようには覚えないのですが、東宮もずっと心にある方でもございました。お年頃のあはれなど思うと大切な方なので、その後もしかるべき暇々には、新尚侍の君がうまく図って対面の場を設けて差し上げるのでございました。

女一宮は、人の心が以外にも妬ましいことや、世間につらい噂がたつことを思し召して、「心苦しい身は宿命なのだ」と、様々に乱れて思し召しになるのでございました。

御出産間近の御身(オンミ)が窮屈なので、日が経つにつれ、隠しようがないように思われて、起き上がりもなさらなくなったのでございます。沈み臥しておられるのを、新尚侍と宣旨(セジ)以外の人は、ただ、「御体調がいつになくすぐれない」とのみ思って、院もお聞きになり、帝も噂をお聞きになって、誰もが東宮を体調不良とお思いになり、心配しておられるのでございました。




これで冬の巻第一章を終わります。いよいよ帝と新尚侍との恋物語が出て来ます。乞うご期待。

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